榎土敦之のコラム「鼻毛」

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鼻毛

いきなり下品な題名&内容で恐縮な限りである。

高校卒業後に東京にきたんだけど、やっぱりなんだか空気が濁っている気がした。
そのせいか、鼻毛が異様に増えた。

かといって迷惑とかイヤだとかではなく、実のところ楽しんでいる。
というのも、この鼻毛を抜くのが大好きなのだ。

普通、まつ毛や眉毛級のもの達がほとんどなのだが、たまに、感極まるほどに立派に太く長くたくましく育ったやつがいるのだ。
そんなやつを抜いた日にゃ、どうしても他人に見せたくなる。
見せられた方は、たまったもんじゃないだろうが、それほどにスゴイのだ。

たぶん、同じ感動を得た人は多いことだろうと思う。

先日、いつものように毛抜きを持ちながら、彼ら「鼻毛」の立場になって考えてみた。
そうしたところ、彼らにしたら、なんと腹立たしく切ない事件であるか身に染みたのである。

彼らは日夜、鼻から攻めてくる外敵を体内に侵入させないようにがんばっている。
その中でも太く立派なものは、鼻毛界でも有名な有能で勇ましい戦士であることは間違いない。
尊敬される立場にあるのだ。
ところが、主人によって楽しみの一環として抜かれていく。
その生涯を終えてしまうのである。
出る杭は打たれる、どころじゃない。

この事実を、鼻毛パパは鼻毛息子になんと説明し、夢を見させられるのか。
無論、鼻毛息子は戦士に憧れている。ああいう風になりたいと思っている。
なのに、夢を叶えたとたんに、短い生涯となってしまう。
鼻毛パパは思う。「この子には長生きしてほしい」。
しかし、鼻毛としての役目を鼻毛息子に教えなければならない。
無力であると、周りの鼻毛子供にいじめられてしまうかもしれない。
強くなる方法を教えなければ。

なんと、悲しい現実だろう。

さらに鼻毛息子は、周りの鼻毛子供に言う。
「うちのパパは、鼻毛界一の戦士だ!」
鼻毛パパは、息子の期待を裏切るわけにもいかず、がんばって戦う。
そして立派に太く長くたくましくなっていく。
その先にどんな運命が待っているか、鼻毛息子は知らない。

あぁ。
こうしていると、その時を迎えた父の名を呼ぶ鼻毛息子の声が聞こえてくるようだ。
なんて切ない話だ。


おお!  
いいのが抜けた。
見たい?